このシリーズは、入山章栄氏の『世界標準の経営理論』で紹介されたビジネスパーソンが最低限押さえておくべき経営理論のポイントを紹介し、SIer・SES会社をはじめとするシステム開発会社の経営において応用可能な点を考察するものです。
入山氏による解説
【入山章栄・解説動画】リソース・ベースト・ビュー(RBV)
資源ベース理論(RBV)の歴史をひも解き、バーニーの戦略理論を理解せよ
RBV(Resource-Based View:リソース・ベースド・ビュー:資源ベース理論)とは、企業が持つ内部資源が競争優位の源泉であるとする経営理論です。この理論は、企業の成功は外部環境の分析だけでなく、自社が持つユニークな資源や能力をどのように活用し、維持・強化するかに依存する、と考えます。
ここで言う「資源」とは、人、技術、従業員管理システム(雇用管理、学習・研修体制、報酬管理、人事評価、コミュニケーションなど)、特許、ブランド、専門知識、企業文化、顧客関係、パートナー関係など、有形無形を問わず企業独自のものを指します。
わかりやすく言うとRBVは内部資源を把握しその特性を分析することで、「自社の強み」や「自社の勝ちパターン」といったものを発見し、組織としてしっかり活用していくことを促す理論となります。
RBVの核心は、企業が持つ独自の資源と能力が競争上の優位性を生み出すという点にあります。この理論のポイントは以下の通りです。
その上で以下の2点が加われば、競争優位を継続できます。
RBVはSCP理論と比較されてきました。SCP理論は「ポジショニング」「差別化戦略」が大事だとし、RBVは「内部リソースの価値・稀少性・模倣困難性・代替不可能性」が大事だとします。つまり、SCPは「外」「アウトプット」を重視し、RBVは「内」「インプット」を重視する理論であるという対比です。
しかし、RBVはSCP理論が目指すところを共有しており、SCP理論と同様最後は「競争を避けて、独占・寡占できる市場の方が利益を生み出しやすい」と考えています。そのための手段として、独自性のある内部リソースを確保し構築する必要があると主張しています。
RBVはSCP理論が勧めるような「ポジショニング」「差別化戦略」などをあらかじめ立案することができなくとも、既存サービスを提供する内部リソースに磨きをかけていき、オペレーションの効率性を追求したり、サービス品質を高める仕組み・人を育てることができれば、十分高利益につながりうる、という考え方を強調していると理解することができます。
したがって、RBVは人的資源管理(Humarn Resource Management, HRM)もしくは戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management,SHRM)の分野で適用・活用されています。それは、単に優秀な人を多く雇っていれば競争優位につながるといった話ではありません。
会社の中には戦略的に価値や稀少性が必ずしも高くない人材もいるという前提で、報酬体系(給与体系)や人事評価、学習・研修体系(教育訓練)、従業員とのコミュニケーションの取り方、仕事の定義の仕方などを工夫することで、稀少で価値のある人材や技術を生み出すための模倣困難な活動システムをつくりあげ、競争優位を実現することを狙ったものです。
参照)「リソース・ベースト・ビューに依拠した戦略的人的資源管理」の可能性
なお、RBVが分析・評価する対象はあくまでも内部のものですが、評価の基準の性質に目を向けると、「価値」「稀少性」「代替可能性」は顧客などの会社の外部の者の視点がなければ判断できないものであり、RBVに基づく分析・評価の行為のなかに「外」「アウトプット」の視点をすでに有しているといえます。
それに対して「模倣困難性」は、外部に情報公開しない限り、会社の内部の者でなければ分析・評価できないため、これこそが内部資源の魅力の源泉になるはずです。したがって、RBVの4つの基準の中で最も特徴的なもの(いかにもRBVらしいもの)をあげるとしたら「模倣困難性」になると考えられます。
RBVは、実証研究によってどれだけ裏付けがなされているのでしょうか?
言い換えると、「リソースに価値がある⇒競争優位を高められる」と常にいえるのでしょうか?
企業リソースと業績の関係を統計分析する研究がなされているため、その要点を紹介します。
RBVに関する55の研究に関して、総括的にメタアナリシスを行った研究では、53%の研究がリソースとパフォーマンス/競争優位に正の相関があるとしています。逆に言うと、残りの47%は相関関係が正とは言えない(あまり関係がないかもしれない)という結論になっています。
参考)Empirical research on the resource-based view of the firm: an assessment and suggestions for future research
RBVに関する125の研究に関して、総括的にメタアナリシスを行った研究では相関関係は0.22となっています。これは「やや相関がある」ことを示しているため、リソースに稀少性・模倣困難性・代替不可能性があれば業績が高くなるかというと、意外とそこまででもない、ということが読み取れます。
参考)Strategic Resources and Performance: A Meta-Analysis
上記の実証研究を踏まえると、価値のあるリソースに投資をしたとしても、ポジショニングに難があれば競争に巻き込まれてしまうし、そのリソースに価値があると決めるのは最後は顧客であるため、顧客に提案するサービスが顧客に受け入れられて売上につながらなければ、「価値のあるリソース」も無駄になるという点に注意する必要がありそうです。
したがって、RBVは誤っているということはないものの、ややビジネスのインプット側を重視しすぎであり、アウトプット側を軽視している可能性があります。
RBVは自社の内部リソースに目を向けるため、これを活用する際には自社の資産の棚卸しが必要になります。それぞれの資産について、①価値があるか、②稀少性があるか、③模倣困難性があるか、④代替不可能性があるかを判断していきます。
価値がなければ、競争劣位(Competitive Disadvantage)と評価されます。
価値があるものの、稀少性がなければ競争均衡(Competitive Parity)と評価されます。つまり、他社も価値のあるものを有しており、必ずしも競争上の優位性はないということです。
価値もあり、稀少性もあるが、模倣困難性や代替不可能性がない場合は一時的な競争優位(Temporary Competitive Advantage)と評価されます。
近い将来模倣されてしまったり、代替手段が他にある場合は、顧客が離れてしまう可能性があります。
価値もあり、稀少性もあり、模倣困難性と代替不可能性もある場合は、持続的な競争優位(Sustained Competitive Advantage)があると評価できます。
これらの評価を、各資産ごとにおこなっていきます。
SES会社であれば、個々のエンジニア、営業、ウェブサイト、オペレーション、顧客ネットワーク、パートナーネットワークなどの資産が評価対象になります。
RBVは財務諸表の貸借対照表のように、ある時点でのスナップショットをとるのに役立ちます。現在有する資産を評価したうえで、それぞれの資産をより魅力的なものにするために、次にどのような施策・行動をとるべきかを考えるのに使うことができます。
作業としては、ISMS(ISO/IEC 27001)で情報セキュリティマネジメントのためにまず最初に情報資産の棚卸しを行って資産管理台帳を作成し、それぞれの資産ごとにリスクを評価し、対応策を検討していくのと似ています。
※上記のサンプルはこちらよりダウンロードできます。
システム開発会社がRBVによって自社の内部リソースを評価する場合、一般的な話として、どのようなリソースが持続可能な競争優位を実現するのかを検討します。
SIer、SES会社、自社プロダクトの提供会社など、様々な事業がありますが、ここではシステム開発業界全体で共通して言えることを整理します。
例)
情報システムの開発に必要な技術は、明らかに価値はあるものの、稀少というほどではないため、「一時的な競争優位」や「持続的な競争優位」を実現することはできません。
仮に、「稀少」な技術であるため一時的な競争優位をつくれたとしても、以下の理由で模倣困難性が低ければ持続的な競争優位を実現するのは困難です。
たとえ市場の中でその技術を扱えるエンジニアが少なかったとしても、開発言語に関する知識や、設計手法に関する知識は、形式知として明文化可能であるため、書籍やウェブ、セミナーで情報共有が容易になされることを踏まえると、模倣困難性は低いと考えられます。
例)
特許については情報を開示しなければならないため、他社は容易に模倣できてしまい、一時的にしか競争優位を確保できません。
また、代替可能な手段でより低コストに目的を実現できるのであれば、特許の意義は薄れてしまいます。
企業秘密として保持する場合は、特許よりも持続可能となる可能性は高まりますが、エンジニアの転職、リバース・エンジニアリング、非公開の技術的交流を通してITに関する秘密は広がりやすいため、「持続的な競争優位」の実現は難しいといえます。
また、よほどローカルなビジネスニーズに合致したもの出ない限り、グローバルで共通して発生しうるビジネスニーズを解決する方法であれば、大手プラットフォームが同様のソリューションを提供してしまえば、企業秘密を保持する意義は薄れてしまいます。
顧客が特定のベンダーを一度選定すると、顧客にとってスイッチング・コストが高くなるベンダー・ロック状態は常に発生しがちですが、これ自体はシステム開発会社(ベンダー)にとっての競争優位にはつながりません。
顧客は、アンフェアで搾取される可能性を予測・体感できるため、一時的には我慢するものの、自社開発の体制構築や、他のベンダーを探す努力を続けます。ベンダーが囲い込みをしようとしても、最終的に囲い込みを実現できる保証はありません。
また、一度不誠実で信頼できないベンダーとして認識されると、顧客は他の顧客と情報共有するため、将来の顧客を獲得する機会が減り、一時的な競争優位の実現も難しくなります。
現在はSaaSやローコード・ノーコードツールを含めて多様なシステムの実現・活用手段があるため、ベンダー・ロックに安住することはできません。
例)
これらのスキルを獲得するためには、
といったことを経験する必要があります。
これらは、システム開発における上流の「要件定義スキル」と重なるところはあるものの、それに限定されません。要件定義スキルのなかでも、明文化できる部分に関してはあくまで「一時的な競争優位」に貢献するのにとどまり、明文化できないような部分こそが、「持続的な競争優位」につながります。
これらが「模倣困難性」と「代替不可能性」を生み出しているといえます。そしてその担い手は、開発担当のエンジニアだけではなく、「営業・エンジニア・経営陣」という3社の強力なタッグによってはじめて実現できるものになります。
参考)競争優位とIT
参考)Information Technology and Sustained Competitive Advantage: A Resource-Based Analysis
とはいえ、このような経営に直結するITスキルを会社として獲得するまでには時間がかかり、すぐに実現できるものではありません。以下では、このような内部リソースがない場合に、SES事業を推進するにあたり、「模倣困難性」により一時的な競争優位を実現する方法を検討します。(なお、SES会社としては、一時的な競争優位を何度も繰り返しながら、上記のような経営に直結するスキルを獲得できるプロジェクトを探し続け、持続的な競争優位を確立することが1つの目標の在り方になります。)
SES事業においてRBVの視点を持ち込む場合、顧客からの案件の引き合いをいかに丁寧に拾っていけるか、自社およびパートナー会社のエンジニアをいかに効率よくタイミングよくアサインできるか、という活動に対する自社独自のオペレーションを作り上げることが一つの目標になります。
システム開発業界に新規で参入した会社が最初に重視すべき「内部リソース」は顧客との「関係性」です。おそらく独立したからには、ある程度複数の顧客から仕事を回してもらえる見込みがあるはずです。この関係性をベースに、少しずつ規模を拡大していくことになります。
次に、収益を上げ続けていくことを前提にすれば、「人」の「数」が重要になります。対して、収益を追求せず、一定数を維持する場合は「人」の「質」を重視することになります。また、顧客のニーズに確実に応えつつ、顧客満足度も最大限追求するのであれば「スピード」を重視する必要があります。
以下では「数」「質」「スピード」を追求するための、社内オペレーションの例を提示します。RBVの視点からすると、このようなオペレーションとそれを支える価値ある人・技術を組合せ、いかに稀少性・模倣困難性・代替不可能性を高めていくことができるかが重要になります。(なお、オペレーションそのものは「模倣困難性」を高めるために検討される対象となります。これに磨きをかけることで、結果的に人・技術の価値・稀少性・代替不可能性も高めていくことになります。)
提案の絶対数を増やすためには、エンジニア採用を増やすか、ビジネスパートナーを募集して、ビジネスパートナーからエンジニアを提案してもらうしかありません。
最終的に参画するプロジェクト数が増え、顧客数も増えていくことで、転職を希望するエンジニアと、案件を求めているビジネスパートナーから見た魅力が上がり、正のスパイラルを作ることができます。
以下のオペレーションの図はあくまでも1つの例になりますが、会社の規模・売り上げを拡大していくために優先すべきなのは、顧客に自信をもって提案できるエンジニアを確保するための「採用マーケティング」と「ビジネスパートナーマーケティング」になります。
サービスの質をあげていくためには、契約前は「人」という不確実性が高いリソースで構成されるサービスであることを鑑み、受注会社の営業は情報の非対称性を解消することに注力する必要があります。
契約後はアフターフォローとして、顧客とエンジニアの双方にヒヤリングを行い、双方の認識にずれが生じていないかを早期に発見していく必要があります。そのための手段として、評価やフィードバックのアンケートを活用することができます。
これらの活動を繰り返すことで、サービスの質が結果的に高まり、顧客満足度が向上することで、新規案件の相談を持ち掛けられることにつながります。
調達および提案のスピードをあげるためには、デジタルツールの利用が欠かせません。また、デジタルツールを活用する以上、各業務プロセスの標準化と、プロジェクト・エンジニア情報のデータベース化が必須となります。コミュニケーションもメールと電話・対面以外にチャットを駆使して、スピードを上げていく必要があります。
SESで提案数・質・スピードをあげるためには、スフィアネット株式会社が提供するマッチングシステムであるAperport(アペルポート)が役に立ちます。
発注会社は、既存パートナーおよび新規パートナー候補の情報にアクセスし、調達できる可能性を拡げられます。
受注会社は、既存顧客および新規顧客への情報発信を自動化でき、新規に採用したエンジニアも効率的にたいしても自動でマッチングがなされ、効率的な営業活動を実現できます。
発注会社は、受注会社から提案されたエンジニアと自社のプロジェクトのマッチング度を数値で確認することができるため、効率的にマッチ度の高いエンジニアを念頭においた商談を行うことができます。
また、プロジェクト参画後も、開発支援サービスに対して評価を行い、社内で共有することにより、パートナーに関する情報を蓄積することができます。
受注会社は、既存パートナーで取引のない部署への営業や、新規顧客候補への営業において、マッチング度の高さをアピールしやすくなります。
また、プロジェクト参画後も、顧客から評価・フィードバックをもらうことで、早期の問題解決を可能とし、顧客満足度の向上につなげることができます。
発注会社は、案件が固まっていない段階で、付き合いの深いパートナーだけでなく、他の弱いつながりがあるパートナーの要員候補も合わせて候補として検討することができます。従来は案件の確度が低い場合に、多くのパートナーに声をかけることは遠慮してしまうことが多いかと思いますが、ウェブ上でパートナーに声掛けすることなく、まずはエンジニアがいるかどうかの確認を社内で行うことにより、有効な商談候補先の目星をつけやすくなります。
また、チャット機能により、契約成立前および契約成立後のコミュニケーションも促進することができ、パートナーと一体になって自社顧客への提案のスピードを上げることができます。
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