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取引費用理論(TCE)とRBV(リソース・ベースド・ビュー)を組み合わせて内外製分析を行う方法

作成者: 唐澤裕智|Apr 9, 2024 4:37:20 PM

~SIerおよびSES会社の経営に役立つ経営理論シリーズ:取引費用理論(TCE)編②~

このシリーズは、入山章栄氏の『世界標準の経営理論』で紹介されたビジネスパーソンが最低限押さえておくべき経営理論のポイントを紹介し、SIer・SES会社をはじめとするシステム開発会社の経営において応用可能な点を考察するものです。

入山氏の解説
【動画】【入山章栄・解説動画】取引費用理論(TCE)
【記事】将来の見通しが立たない時、ビジネスの「取引」にどう対処するか

本記事では、アウトソーシング(外製化)するか社内でインソーシング(内製化)するかを判断するために、取引費用理論(TCE)とRBV(リソース・ベースド・ビュー)を組合せた考え方(フレームワーク)を紹介します。

参考)
取引費用理論(TCE)とホールドアップ問題とは?摩擦を制するものが関係性を制す
RBVとは?SES会社が「強み」を構築し高利益を実現する方法

取引費用理論とは?

「取引費用理論」(transaction cost economics)は社外との関係では契約成立前後に買い手と売り手の間では様々な取引費用が発生する一方で、社内との関係でもマネジメントを行うにあたり上司と部下の間で取引費用が発生しており、社内外における取引費用の多寡が、企業の境界や企業間の関係性に決定的な影響を与えているという理論です。

詳しくは関連記事をご参照ください。
取引費用理論(TCE)とホールドアップ問題とは?摩擦を制するものが関係性を制す

RBV(Resource-Based View:資源ベース理論)とは?

RBV(Resource-Based View:リソース・ベースド・ビュー:資源ベース理論)とは、企業が持つ内部資源が競争優位の源泉であるとする経営理論です。この理論は、企業の成功は外部環境の分析だけでなく、自社が持つユニークな資源や能力をどのように活用し、維持・強化するかに依存する、と考えます。ここで言う「資源」とは、人、技術、従業員管理システム(雇用管理、学習・研修体制、報酬管理、人事評価、コミュニケーションなど)、特許、ブランド、専門知識、企業文化、顧客関係、パートナー関係など、有形無形を問わず企業独自のものを指します。

詳しくは関連記事をご参照ください。
RBVとは?SES会社が「強み」を構築し高利益を実現する方法

また自社内のリソースを分析するフレームワークのテンプレートはこちらをご活用ください。
VRIN分析テンプレートのダウンロード

内外製分析とは?

内外製分析とは、企業内のある業務について、内製(インソース)すべきか、外製(アウトソース)すべきかを特定の基準を設けて分析・評価することを意味します。

組織内で行うことを「内製」または「インソース(insource)」と呼びます。また、「インソーシング(insourcing)」という言葉もありますが、こちらは「内製」そのものや、内製を行うプロセスを意識して「内製化」を意味することもあります。

組織外で行うこと、つまり外部に委託する(外注する)ことを「外製」または「アウトソース(outsource)」と呼びます。また、「アウトソーシング(outsourcing)」という言葉もありますが、こちらは「外製」そのものや、外製を行うプロセスを意識して「外製化」を意味することもあります。

アウトソーシング(外製化)の是非を決める方法

ある事業や業務をアウトソーシング(外製化)すべきかどうかを決めるためには、2つの軸で考える必要があります。

RBVによる自社の強みの分析

まず、RBVによって自社が持続的な競争優位性を確保するためにリソースに関しては内製をし、競争優位性につながらないものはアウトソーシング(外製化)する事を考えます。

なぜなら、RBVによって「会社全体」の「長期的」な利益の創出、つまり持続的な競争優位性をしっかり意識できるようになるためです。

アウトソーシング(外製化)すべきかどうかを判断する背景としては、社内の一部の業務について外部に任せた方が安いのではないかとか、外部の方が品質を高めたり、安定供給の実現がしやすいのではないか、といったさまざまなきっかけがあります。

どのようなきっかけであれ、直近で発生した「問題」を解決する手段としてアウトソーシング(外製化)を意識しているため、「部分最適」で「短期的」な判断に陥ってしまう可能性があります。

そのため、RBVを活用することで、特定の業務が社内の全業務の中でどのような位置づけにあるのか、他の業務と比較して持続的な競争有意性を確保するために必要なものなのかを全体的な視点を持つことができるようになります。

取引費用理論(TCE)による将来の費用増減の推測

つぎ取引費用理論(TCE)に従い、仕入先が機会主義的行動をとる可能性が高く、取引費用が高ければ内製をし、取引費用が低ければアウトソーシング(外製化)することを考えます。

これにより、具体的な業務に関して、具体的な仕入先をイメージしながら、短期および中長期に渡り相手が機会主義的行動をとる(自分の利益だけを考えて、顧客の利益を軽視する)おそれがないかを検討し、現在および将来にわたって取引費用の増減が自社全体の長期利益の実現に貢献するのか、阻害要因となるのかを推測します。

例えば、自社内でマネジメント業務を行える人材やノウハウが不足しているためにマネジメント業務を外部に委託する場合、以下のバランスを考えることになります。

外部のマネジメントに長けた人材であれば短期的には品質をあげ、自社内のリソースで無理矢理苦手な管理を行い失敗するよりもコストが抑えられます。

しかし、委託をする相手によっては、重要な情報を独り占めにしたり、独自の人的ネットワークを構築して、その人でなければ出来ないスタイルのマネジメントとなる可能性もあります。その場合は中長期的に取引費用が増えることになります。

これが委託先の特性に依存する場合もあれば、業務そのものの特性による場合もあるため、総合的に将来の取引費用を考慮する必要があります。

RBVおよび取引費用理論(TCE)のマトリクス

RBVの観点から、ある業務に関わる人や仕組みが、自社内の資源として持続的な競争上の優位性をもたらしているかどうかを縦軸にとります。

取引費用理論(TCE)の観点から、仕入先が機会主義的行動(自分の利益だけを考え、顧客の利益を軽視する)をとる可能性が高いかどうかを横軸にとります。

これにより、下図のようなA,B,C,Dの4つの象限ができます。

象限A

持続的な競争上の優位性をもたらす重要な業務であるものの、仕入先が機会主義的行動をとる可能性も少なく、アウトソーシング(外製化)する余地も十分にある環境を指します。

例えば、DXなどにより自社内でデジタルを活用したビジネスを創出していく取り組みについては、本来自社内で内製できる体制を構築すべきではあるが、新規事業創出を支援する会社や、システム開発会社の候補が複数あり、いずれも長期的な関係性をベースに信頼関係が構築できている場合などが該当します。

システムを開発するにあたり、上流フェーズで必要な業務上のビジネスロジックを確定する能力が自社にしかない場合はこれを実現しやすくなります。

象限B

持続的な競争上の優位性をもたらす重要な業務であり、しかも、仕入先が機会主義的行動をとる可能性も高く、アウトソーシング(外製化)の継続が望ましくない環境を指します。

例えば、DXを進めていくことが持続的な競争上の優位性を確保するために必須ではあるが、社内の意思決定が複雑で、過去にシステム開発を委託していたベンダーとの信頼も崩れており、新規開発ベンダーを受け入れても、特定の部署・人と特殊な関係を築いてしまいがちで、ベンダーへの依存体質が起きやすい場合などが該当します。

象限C

持続的な競争優位をもたらさない非中核業務であり、しかも、仕入先も機会主義的行動をとる可能性が少なく、アウトソーシング(外製化)が行いやすい環境を指します。

例えば、独自性の低い給与計算を行っており、給与計算システムの活用も、BPOによる業務委託も十分な品質と低コストが期待できる場合などが該当します。

象限D

持続的な競争優位をもたらさない非中核業務ではあるが、仕入先による機会主義的行動が起きやすく、アウトソーシング(外製化)がためらわれる環境を指します。

例えば、独自性の高い給与計算を行っており、一般的なSaaSの給与計算システムは活用できず、BPOで対応できる業者も1社しかないような場合などが該当します。

RBVとTCEの結論が一致する場合

表の象限B(右上)と象限C(左下)のように、両者の結論が同じ場合は、そのまま素直に進めることができます。

【象限B(右上)の場合】

持続的な競争優位の源泉となりうるようなリソースで、アウトソーシング(外製化)すると取引費用が非常に高くなる場合は内製化または買収します。

【象限C(左下)の場合】

競争優位につながらず、競争劣後・競争均衡にとどまるようなリソースであり、しかもアウトソーシング(外製化)したほうが機会主義的な行動をとられる可能性が低く、取引費用も低い状態であれば、アウトソーシング(外製化)・事業売却すべきです。

こちらは雇用の維持とのバランスもとる必要がありますが、基本的には他の事業に異動させるなどしつつ、アウトソーシング(外製化)をしていくという方針は堅持すべきです。

RBVとTCEの結論が不一致となる場合

しかし、RBVと取引費用理論(TCE)から導かれる結論が不一致となる場合には、どちらを優先するかの判断や、両方の相反する方針を折衷できるような対策を打つ必要があります。

【象限A(左上)の場合】

持続的な競争優位の源泉となりうるようなリソースではあるが、外注先が機会主義的行動をとる可能性が少なく、取引費用をそれなりに低く抑えられる場合は、RBVでは内製化に傾きがちで、取引費用理論(TCE)からすると外製化に傾きがちです。

RBVを優先する場合

基本的には内製化路線になりますが、外部から低い取引費用で調達できるのであれば、そちらも活用して売上・利益拡大につなげるべきです。

例えば、自社で内製をできる能力を保持しつつ、外部のプロも活用し、自社の内製の品質を上げるのを手伝ってもらうことができます。

TCEを優先する場合

基本的に外製化路線になりますが、完全に外注にはせず2割程度は自社内の内製を続けます。これにより、いざ内製化を拡大しなければならなくなったときにスムーズに対応できたり、仕入先にノウハウが一方的にたまりすぎて機会主義的行動をとることを防ぐことができます。

いずれの場合においても、仕入先の活用によりTCEの要求に応えつつ、仕入先も含めて他社が模倣困難で代替不可能なリソースを構築してRBVの要求にも応えていくことになります。

【象限D(右下)の場合】

競争優位につながらず、競争劣後・競争均衡にとどまるようなリソースではあるが、アウトソーシング(外製化)してしまうと機会主義的な行動をとられる可能性が高い場合、RBVでは外製化に傾きがちで、取引費用理論(TCE)からすると内製化に傾きがちです。

RBVを優先する場合

基本的には外製路線になりますが、仕入先が機会主義的行動をとるリスクを低減する必要があります。

仕入先の機会主義的行動の原因となる「不確実性」「低頻度の取引」「関係特殊性」を解消するために、業務の標準化、仕入先の分散化、契約期間の長期化・細分化などの手段を講じます。

参考)取引費用理論(TCE)とホールドアップ問題とは?

また、雇用維持の要請などで完全な外製化が難しければ、分社化・スピンオフさせた上で、親会社以外とも取引できるようにサービスと業務を再定義する手段が考えられます。

TCEを優先する場合

基本的に内製路線になりますが、業務の標準化を続け、少しでも外注の割合を増やせるように工夫します。

どうしても業務の標準化が難しく関係特殊性が高い場合は、長期間のコミットしてくれる外注先を探して、複雑な業務を習得してもらい、ノウハウを承継する体制まで作ってもらうことが考えられます。

参考記事

なお、仕入先を選定する方法については、関連記事「取引費用理論(TCE)とRBV(リソース・ベースド・ビュー)を組み合わせて外注先パートナーの選定を行う方法」で解説します。