パートナーシップの施策を考えるにあたり、基本的な枠組みと具体的なポイントを押さえた施策を解説します。パートナーシップを活用して、売上・利益の向上だけでなく、顧客体験の向上を実現し、競争優位性を確立するためのナレッジをお伝えします。
執筆:唐澤裕智
パートナーシップが大事だということはいずれの業界でも当てはまる話です。これは自社内のリソースだけで高いレベルのサービス提供を長期的に継続することが難しく、柔軟に外部のリソースを活用しなければならないためです。
とくに、システム開発業界のうち、人月積算型の事業が売上が大部分を占める会社では、パートナーの確保が売上と利益に直結します。したがって、普段の会話でも「下請会社」「サプライヤ」「仕入先」とは呼ばず「パートナー」や「協力会社」と呼ぶのが一般的です。
それでは、この「パートナーシップ」について、どのように考え(基本的な枠組み)、どのようなポイントを押さえ、どのような施策を継続的な取り組みとして行っていけばよいのでしょうか。
本記事では、主にシステム開発業界のうち、SIerが元請けや2次請けの立場の発注会社として調達を行う場面を想定して、上記の問いに答えていきます。
はじめに全体像を示させていただくと、パートナーシップについて考える際には、パートナーシップの(1)構築、(2)維持、(3)強化の3点を意識する必要があります。すでに(1)構築と(2)維持については一部各会社毎に独自のやり方で慣習的に行っているところもあるかと思いますが、改めて自社に足りないところがないか思い返してみてください。その上で(3)強化についてどこまで進めることができるかを考えてみてください。
「パートナーシップの構築」とは、今まで取引関係がなかった会社間で、新規に取引を開始する場面での両社の関係性の形成段階を指しています。
SIerにとってはプロジェクトの組成または要員追加の際に、新規の取引先パートナーと契約をするかどうか、という場面をお考え下さい。
パートナーシップの構築段階で考慮すべき点は3点あります。「能力」「誠実さ」「価値の共有」です。これをエンジニア、営業、受注会社のそれぞれにおいて考慮していきます。
エンジニア | |
能力 | プロジェクト毎に要求する技術を有しているか |
誠実さ | 業務を最後まで遂行することを保証・イメージできる程度の誠実さがあるか |
価値の共有 |
・PMとの相性があっているか |
営業 | |
能力 |
・要件を正確に理解し、マッチング度の高い人を選定できるか |
誠実さ |
・常にマッチング度の高い人を提案しようと心掛けているか |
価値の共有 |
・最終顧客を含めて不安となるところをとりのぞくために最善を尽くしているか |
会社 | |
能力 |
・所属するエンジニア全体のスキルマップ |
誠実さ |
・社長の誠実さ |
価値の共有 |
・社長・営業責任者と、自社PM・開発部長(または社長)の相性 |
いかがでしょうか。どれも当たり前のようですが、項目が10~20個近くあるため、すべての取引で漏れなく考慮することは困難かもしれません。意識的・無意識的に妥協をしている項目もかなりあるのではないでしょうか。
「パートナーシップの構築」においては、これらの考慮を毎回頑張ってコツコツ行うのは現実的ではなく、会社全体として情報を共有しながら素早い意思決定をできるようにする仕組み化が大事になります。
「パートナーシップの維持」とはすでに基本契約の形で長期継続的な取引関係にある会社間で、取引数の減少・消滅や関係性の形骸化を防ぐために行う両社の関係性の維持段階を指しています。
SIerにとっては、顧客のユーザーからの注文が続く限り、積極的に「維持」のための活動はしなくてもよいものの、案件が縮小・消滅してしまった場合には、別の案件が同タイミングで立ち上がっていないかぎり、パートナーとの関係性も薄くなってしまいます。もちろん、財務的にはリスク管理がうまく機能しているといえるかもしれませんが、市場が活発で引き合いが増えている際に、積極的な活動をしていない場合には、競合他社に先を越されてしまい、売上もパートナーシップも下降線をたどる事態になりかねません。
とはいえ、「維持」には想像以上に困難が伴います。
会社として多くの取引先パートナーがあったとしても、個々のPMが管理できるのは5社から多くても10社程度です。そのすべてと関係を深めることは時間の制約上難しく、仮に関係を深めることができても関係性が硬直化してしまう可能性があります。
そこで「維持」のためには「安定化」と「柔軟化」の2点を意識しつつ、そのバランスを以下にとるかを意識する必要があります。
まず、「安定化」のためには以下の5つの施策が考えられます。
パートナーシップの方向性を示す | 基本原則を設定し、パートナーがモチベーションと目的達成への貢献をしてもらうために、それぞれの役割・責任を明らかにし、これを徹底する |
基本契約またはそれに準ずるキックオフで牽制を行う | パートナー側に自分勝手な動きがあれば基本契約を解除する旨を何らかの形で伝える |
情報の共有 | すれ違いや摩擦を事前に排除するために、事業の目標、技術情報、葛藤、問題点、状況変化などの情報を共有する |
紛争解決のメカニズムを準備する | ・2-6社のサプライヤとだけ関係を深める ・部長・社長レベルと人間関係を構築する ・発注側として有するパワーや権利を健全な形で行使できるようにしておく |
コア能力を明確化し磨いてもらう | 経営戦略の中で重点領域・非重点領域のそれぞれを支えるパートナーを見定め、そこで発注側が評価している、または将来期待しているコア能力が何かをパートナーに伝える |
SIerの取引の最初のきっかけは、あるプロジェクトのポジションに合うエンジニアを提案できるかどうか、という偶然に左右されることが多いです。そのため、双方が共有できるビジョンなどが事前に確認されることはないし、ビジョンがない会社も多いのが現実です。そのため、少しずつビジョンをもってもらうような関係性を後から作り上げていく必要があります。
とはいえ、「安定化」を指向して、丁寧に時間と労力をかければかけるほど、築き上げた長期的な関係性を維持しようとするがゆえに、逆に環境変化うまく対応できなくなり、パートナーも含めて硬直化してしまうという難しさがあります。ここでいう環境の変化とは、顧客のニーズの変化や、技術的な進歩がもたらす変化を指します。
そこで、安定させたものを改めて「柔軟化」する必要が生じるがここでは次のような施策が考えられます。
協調戦略と競争戦略の割合を見直す | 基本的には協調戦略が望ましいが、一部の限定的な領域において競争戦略をとることを明示する。 新技術領域では、新規パートナーと公平に調達を行う姿勢を示す。 |
他社とつながる力、巻き込む力を活かす | パートナーにビジネス・コンセプトを示して巻き込む 営業職などをパートナー関係の再構築役に充てる |
「パートナーシップの強化」とは、「安定化」と「柔軟化」のバランスを探ったうえで、双方のリバランスを適宜行いながら、双方とも仕組化、さらにはシステム化することを意味します。
例えば、関係を深める2-6社に関して、定期的に新陳代謝できるよう新規のパートナーか既存の他部署パートナーを候補にいれて試す必要があり、この候補を集める工程をシステム化する余地があります。そのためには、候補に入れるための基準をつくり、既存の全パートナーと少数の新規パートナー候補を等しく数値で評価する仕組みが必要です。
また、パートナーを巻き込む場合には、パートナーのコア能力の発見をサポートしたり、多くの既存パートナーに自社が巻き込みたい領域を自ら学習してもらう仕組みづくりなどがシステム化の対象になります。
仕組化およびシステム化の対象については、自社の顧客であるシステムユーザーにとってのメリットが何かを基点にし、そこからどのようなサプライチェーンが必要かを考える必要があります。つまり、製造業にて行われているサプライチェーンマネジメントのうち、SIerのシステム・インテグレーションサービスにも取り入れられるものを取り入れていくということです。
ところで、パートナーシップに関するポイントはこれですべて網羅できたでしょうか?もしもあなたがSIerでパートナー会社からエンジニアを調達して体制を組んで共に仕事をする立場にあるのであれば、下の表の(C)のパターン(垂直的関係ー協調的)を無意識に想定していたはずです。
しかし、パートナーシップの形態には他にも3つあり、それぞれの形態で「構築・維持・強化」のやり方を考えることができます。
まず、単純な発注・受注関係にある「垂直的関係」のパートナーシップは、「協調的」なものと「競争的」なものがあります。
「協調的」なものは、SIer業界におけるエンジニアの調達に関する事業や、自動車業界の系列内における組み立てメーカーと部品メーカーの関係です。
「競争的」なものは、大手小売り(スーパーマーケット・コンビニエンスストア)と、食品メーカー・日用品メーカーのように、双方が価格交渉や陳列スペースに関して大きなパワーを行使しうる状態で、POSシステムの情報を共有する製販同盟などの関係を指します。
対して「水平的関係」のパートナーシップも、「協調的」なものと「競争的」なものがあります。
「協調的」なものは、OSと半導体チップのような補完関係にあるもので、SIer業界とクラウドベンダー、商用データベース、BIツール、ERPパッケージなどの関係性がこれにあたります。
「競争的」なものは、本来同製品・同市場で競合となりうる関係性であるが、単独では持ちえない技術・販路を共有したり、業界全体の標準化にむけて協力したりする場合です。
したがって、パートナーシップ戦略を考える場合には、「垂直的関係ー協力的」なパターンと、それ以外のパターンがどれだけ有機的につながっているか、という複数のパートナーシップ関係の間の調整・統合も必要になってきます。
そしてこれらに指針を与えるのは当然複数のタイプの顧客に対してどのようなサービスを提案してニーズに応えるか、顧客のメリットをどこに置くか、という点になります。
弊社サービスのAperportは、エンジニア向けのポートフォリオ作成サービスのデータをベースとして、プロジェクトの要件に合わせてパートナーシップを結べる可能性のある会社を検索できるサービスです。
したがって、まずは「垂直的関係ー協調的」な関係性におけるエンジニアの調達をパートナーシップの構築・維持・強化につながるように支援していきます。
同時に、将来の構想として、特定の領域の強みはあるが、販路は必ずしも広くない複数の会社が水平的に協力して受注をしたり、大手SIerに対して提案するといった動きに対しても、Aperportで対応できるようにしていきたいと考えています。
参考文献: